Non-Duality Speaker , Early Buddhist Philosophy Teacher

スピ? 心理学?

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SAYORI OFFICIAL SITE」の本日の記事『どう伝えればいいの?』でも話題になっていたので、私も体験談を書きたくなった。

私もちょうど同じ日に、似た体験をした。「仏教講座を受講」で書いた夕食時のことである。巻山紗依の体験と同じ日というのは、不思議な因縁を感じる。

私も自分の神通力(霊能力)のことを話さなかった。そこで、心理学講座の講師ということにして、性格分析を披露した。すると、ひとりがキレ気味に全否定してきた。

私は面食らったが、その女性は明らかに図星で、見苦しいほどだった。

こちらはプロだと説明している。そして、実際に当たっている。それなのに、なぜ自分の感情だけで全否定するのか。私はとても驚いた。

今までこのような体験はしたことがない。なぜなら、割と正直に霊能力のことを話し、興味をもたれるか、警戒されるか、露骨に迷惑がられるかのいずれかが多かったからだ。数千人を見てきた私は今では、心理学だけでかなりのところまで性格が見通せる。それは、研鑽の賜物であり、努力の結果である。はっきり言って遊びではない。そもそも、その女性が全否定してきた理由さえわかる。だからこそ、不愉快なのだ。

その女性は別れ際、強がって笑顔であいさつして去っていった。私の質問すべてに耳を傾け、気になって仕方がないようすだった。しかし、いちいち口答えをする。それはただの失礼である。私はかなり気を使って、迷惑なら話をやめる問いかけをした。それでも、その女性は強がって、平気だと言った。

平気なら、キレないはずだ。平気じゃないなら、正直に苦手だとか、迷惑だとか、ちがう話をしたいとか言えばいい。話に乗っておいて、大声で全否定するのは、いかがなものか。

私はこのとき、初めて気づいた。人は霊能力に怯えるのではない。たとえ、統計的なものであっても、心の中を見透かされることが怖いのだ。見透かすことが失礼なのではない。見透かされている事実を突きつけられて、ただひとり抵抗しているのだ。

しかし、残念ながら事実であり、現実なのである。そして、その証拠に図星なのだ。図星であることさえ気づいていない本人に、私は哀れに思う。

「いい大人が図星になるとは……」

もう少し、大人になってもらいたいものだ。

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