Non-Duality Speaker , Early Buddhist Philosophy Teacher

松本人志の「不良品」発言に反論多数?

松本人志さんが殺人犯罪者について「人間の不良品」発言をしたことで、世間では物議を醸しているようだ。

ネットで検索してみると、座間9遺体事件についての発言では、松本人志さんの意見は肯定的に受け止められたらしい。
ところが、今回の川崎殺傷事件でも同様の発言をすると、女優の東ちづるさんを筆頭に、松本人志さんの「人間の不良品」発言に批判が相次いだ。
そのほかに、松本人志さんの発言と太田光さんの発言が比較され、太田光さんは「人の命を大切に思えない」時期があったことから、殺人者は身近な問題で予防できる可能性を語り、世間から称賛されたようだ。

東ちづるさんの気持ちもわかる。太田光さんの気持ちもわかる。松本人志さんの気持ちもわかる。三者は同じ土俵に乗っていないのに、東ちづるさんを含めて見聞きした方々は、座間9遺体事件の頃のことは含めて、あるいは区別して、川崎殺傷事件の殺人者を擁護したいようだ。
不良品という言葉が「修理不可能なもの」といった勝手な拡大解釈が、語弊を生んでしまったのだろう。
ここでは「不良品は修理可能なもの」として、読解していただきたい。

さて、私は誰も擁護しないが、座間9遺体事件の殺人者も、川崎殺傷事件の殺人者も、良品とは思えない。自殺希望者の財産を奪い、自殺を手伝って遺体をバラバラにして隠蔽し、次の獲物を探しているような人間と同じことは私にはできない。川崎殺傷事件のように、小学生を含めた20人を殺そうとするような人間と同じことは私にはできない。
良品ではないからこそ、カウンセリングや治療が必要なのであろう。やさしくいえばそういうことにはなる。
ここで、私は問いたい。安直に批判する方々は、殺人者の異常行動が先天的なものか、後天的なものかも知らずに、更生を協力できるのだろうか。
もっといえば、刑務所出所者の差別をまったくしない人々なのだろうか。

医学的にも倫理的にも重大な問題があり、真実が伏せられている可能性がある。優生思想を安易に持ち出す批判者がいらっしゃったようであるが、優生思想は「修理不可能なもの」という前提がある。もし、医学的に修理不可能なものがあるとしたら、それでも人権を優先し、社会の中に放置するのだろうか。
残念ながら、先天的に攻撃的な、反社会的な遺伝子をもった人間が存在することは、公正な記録で観察されている。しかし、人類は彼らをどのように扱ったらよいかの答えをまだ出せていない。

我々は、高確率で犯罪を犯す人間を、事前に知りながらも阻止する手段をもたないのだ。

農林水産省の元事務次官、熊澤英昭容疑者が、息子である熊澤英一郎さんを殺した動機として、日ごろ家庭内暴力を受けているなかで、近所の運動会の子どもたちの声に息子がキレて「うるせえな。子供ぶっ殺すぞ」と発言していたことだと報道されている。殺された英一郎さん本人のTwitterでは、母親を殺す発言があったという。
息子の暴力に苦しんでいた老夫婦が、川崎殺傷事件のニュースを見て、どれだけ恐怖し、息子の言葉に危機感を抱いたことか。
もちろん、殺人は許されることではない。殺人をまだしていない息子が殺人をするかもしれないという可能性に対し、日ごろの暴力から「きっと私たちは殺される」「他人様の子どもに危害を加えるかもしれない」と思い込む精神疾患に陥ることは想像に難くない。
罪を償うつもりで、逃げも隠れもせず、息子を殺めて、自殺すらしない熊澤英昭容疑者を、誰が責められるのであろうか。

さらにいおう。自殺せず償う熊澤英昭容疑者(76歳)と、川崎殺傷事件で20人を殺傷したあとに自殺した岩崎隆一容疑者(51歳)とのあいだにある大きな違いを、あなたは説明できるだろうか。
もしも私が熊澤英昭容疑者の立場だったなら、身を呈して妻を守ろうとしたことだろう。他人様に危害を加えそうなら、息子を見張り続けたことだろう。これがヒントになるだろうか。

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