Non-Duality Speaker , Early Buddhist Philosophy Teacher

私は多くの真実を知ってしまった。

あなたは人の知り得ぬことを自分だけ知ることはどんなに苦しいかご存知でしょうか。

私は、人の運命を知ることができます。

この数ヶ月、何人かの秘密だけではなく、本人にすら告げられない未来を知ってしまいました。

だから、本人が目を通すこの日記にも載せられません。

それはひとりの問題だけではありません。ふたりでもありません。多くの人のいろいろなことを知ってしまい、どこまで教えていいかの加減がわからないのです。

そもそも未来は知らないことが本来でしょうから、カウンセリング効果の範囲で伝えてはいます。私だってべらべら言いたい放題伝えているわけではありません。

逆に、私自身も運命に組み込まれていると考えるほうが自然です。

ならば、私が恨まれる運命にはしたくないのです。

基本的には上の存在が伝えていいというものは伝えています。

伝えてはダメだというものは伝えてはいません。

わからないものもあります。それは伝えてもいいのでしょう。

でもいいというメッセージはありません。伝えても伝えなくてもいいのでしょうね。それだけ揺るぎない未来なのでしょう。

だからといって、私が相手に伝える単語の一言一句誤解なく伝えられるものかどうかわからない上に、誤解されてもそれも運命で、私が恨まれることも含まれるなら迷うのが人情です。なぜなら、まちがいなく責任問題です。

正直なところ、運命は神のご意志の領域ですから、私のような俗人が踏み込んでいいものか迷うところだから、許される範囲だけ伝えたいのです。許される範囲かどうかわからない霊視は勘弁して頂きたい。わかってよ、神様!

自分が試されているような気がします。エリ、エリ、レマ、サバクタニ! キリストの最期の言葉、そうはなりたくないのです。

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