雲煙過眼=超リラックス

さとりや非二元で自我にとらわれないようになると、苦しみから解放されるという。
実際、悩まなくなるし迷わなくなる。
覚醒前や覚醒後、さとる直前は自我が騒ぐが、さとりに近づくに従って穏やかになっていく。

むしろ、覚醒前や覚醒後のほうが自我が強く現れ、さとりや非二元を学ぶ前のほうが楽だったという気持ちにさえなってしまう。

しかし、そのつらさを乗り越えてでも、さとってよかったという境地に必ず至る。
それがどれだけのものかは想像しにくいだろう。

仏陀は涅槃寂静といった。悩みも苦痛も恐怖さえもなくなってしまう。
四字熟語でいえば「雲煙過眼(うんえんかがん)」であろうか。

日常的な人の性格の表現でいうと「ものごとにとらわれず、あっさりとしていること」とでもなろう。
やさしいおじいさんやおばあさんが、幼い孫を見ているかのような境地である。
本人は無茶をしないし、孫のいたずらにも腹が立たない。

このさとり、非二元の境地は、受け止めるやさしさではなく、心配や不安、恐怖がない心地よさである。

私はセッションなどではこれを「超リラックス」とたとえている。

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