Non-Duality Speaker , Early Buddhist Philosophy Teacher

カテゴリー: 非二元 Page 1 of 4

「夏祭り2017+公開さとりレッスン」開催のお知らせ

今回は毎年恒例の「夏祭り」を同時開催させていただきます!

浴衣または甚兵衛を着てきてくださった方にはアメージュ・クーポンをプレゼントいたします。
(アメージュ・チケットではありません)

そのほか、忘年会で大盛り上がりのプレゼント交換も企画。山中聡和と巻山紗依のプレゼントはちょっと特別♪

楽しい夏を迎えましょう!

「『さとりレッスン』ワークショップ」の正式名称が決まりました。
今後は「公開さとりレッスン」とさせていただきます。「お試し」「勉強会」「発表会」を兼ねています。

初めての方でも参加できるもので、さまざまな驚きと発見があることでしょう。

プログラム

  1. プレゼント交換
  2. お寿司ランチ(いつもとちがうメニューを交渉中)
  3. 悩みが消える・迷いがなくなる「さとり」「覚醒」とは?
  4. 「さとった」あとどうなる? 人生が変わる?
  5. 「さとった」「覚醒した」人の体験談
  6. 会場で「恩寵」が起きた人にはその場で覚醒していただく

詳細

日時 2017年7月15日(土)午前11時~午後4時
定員 10名(満席になり次第、締切らせていただきます)
対象 成人されている方で、「さとり」「非二元」に興味がある方
受講料 ランチ代込みで12,000円(税込)
場所 札幌市西区琴似にある寿司屋
(詳細は直接メールでご案内いたします)
お申込み方法 正式なお申し込みは、必ず mindfulness@docomo.ne.jp 宛てに以下の項目を明記の上、2017年7月7日(金)までに送信してください。
(メール・アドレスの@の前の綴りはエム・アイ・エヌ・ディー・エフ・ユー・エル・エヌ・イー・エス・エスです)
1. ご氏名 (必ずフルネームでお願いいたします)
2. ご氏名のフリガナ
3. ご住所 (郵便物が届くご住所でお願いいたします)
4. 連絡先電話番号
5. 連絡先メールアドレス
6. ご年齢 (未成年者はご遠慮ください)
お支払い方法 お申込みメールをいただいてから、返信メールにてお振込み・お振替え先口座番号をお知らせいたします。
お支払いの締切りは2017年7月10日(月)です。
2017年7月7日(金)以降のキャンセルはキャンセル料が全額かかりますのでご注意ください。

ご検討のほど、よろしくお願いいたします。

「さとりレッスン」ワークショップ開催のお知らせ

山中聡和と巻山紗依は「さとり」の第三段階に入りました。

「さとり」の第三段階に至ると、恩寵・奇跡が次々と起き、予測できない日常になります。

今回のワークでは初めての方でも参加できるもので、さまざまな驚きと発見があることでしょう。

プログラム

  1. 悩みが消える・迷いがなくなる「さとり」「覚醒」とは?
  2. 「さとった」あとどうなる? 人生が変わる?
  3. 「さとった」「覚醒した」人の体験談
  4. 会場で「恩寵」が起きた人にはその場で覚醒していただく

詳細

日時 2017年6月20日(火)午前11時~午後4時
定員 10名(満席になり次第、締切らせていただきます)
対象 成人されている方で、「さとり」「非二元」に興味がある方
受講料 ランチ代込みで12,000円(税込)
場所 札幌市西区琴似にある寿司屋
(詳細は直接メールでご案内いたします)
お申込み方法 正式なお申し込みは、必ず mindfulness@docomo.ne.jp 宛てに以下の項目を明記の上、2017年6月6日(火)までに送信してください。
(メール・アドレスの@の前の綴りはエム・アイ・エヌ・ディー・エフ・ユー・エル・エヌ・イー・エス・エスです)1. ご氏名 (必ずフルネームでお願いいたします)
2. ご氏名のフリガナ
3. ご住所 (郵便物が届くご住所でお願いいたします)
4. 連絡先電話番号
5. 連絡先メールアドレス
6. ご年齢 (未成年者はご遠慮ください)
お支払い方法 お申込みメールをいただいてから、返信メールにてお振込み・お振替え先口座番号をお知らせいたします。
お支払いの締切りは2017年6月13日(火)です。
2017年6月6日(火)以降のキャンセルはキャンセル料が全額かかりますのでご注意ください。

ご検討のほど、よろしくお願いいたします。

悠悠自適=愛=空=プレゼンス=純粋意識

人はひとりでいることを恐れる。
迎合を好み、人と同じことをして、人と同じ幸せを望む。

それは、自分だけが劣っているとか、できないとか、残念に思われることを恐れるからである。

しかし、人は自分の気持ちをわかってもらえない状態で生まれる。
生まれてすぐは言葉をしゃべれないし、人の言葉も理解できない。

そして、人は自分の気持ちをわかってもらえない状態で寿命を迎える。
怪我や病気は人それぞれちがい、その苦痛はもっとも理解してほしい愛する人でさえ体感できない。

この悲しみがあるからこそ、人は孤独に耐えられないと考えられている。
そしてそれこそが愛を必要とする理由だとさえ考えられている。

非二元では、孤独のことを「分離していると考えている」と表現し、人間は本来同じであることや、分離した自分が本当の自分ではなく、それを見ている存在が本当の自分であり、その本当の自分はすべての人間と共有しているひとつの存在だという。
これを「プレゼンス」「純粋意識」「空」「虚空」と表現する。

さとりとは、この現実を受け入れた状態をいう。
これを受け入れたとき、体感として「愛しかない」という感覚になる。
分離は消え、孤独感も消え、苦痛も恐怖も不安も消える。

これを生きたまま実現すると、現実が愛に包まれたままになる。
それはまさに「悠悠自適」の状態、人生、現実になる。

こうなれば、あなたは悠然と現実を楽しめるようになる。

閑雲野鶴=否定されても気にならず自由に真実を生きられる

作家や音楽家(アーティスト)などで、社会からの評価が低いとき、その作風の変更を迫られることがある。
現代では資本主義の傾向があるため、作品の売上が少なければ、作風の変更を強いられたり、自ら新たな作風にチャレンジしたりすることが多い。

本来、作家や音楽家は自分の満足できるものを目指すものである。
社会から認められるまで、自分の作風はこのまま貫いていいものか、それともこれは自分の自己満足で、芸術的に価値を見出せないものなのではないかと悩む。
本当によいものを作っているのか迷ってしまう。

これは職人と芸術家のちがいに例えられる。依頼者が満足するものを作る職人と、自分が作りたいものを作る芸術家である。
もっともらしく聞こえる話だが、実際には職人にも譲れないものがあり、芸術家もお金にならなければ自己満足で芸術性はなかったかもしれない敗北感がつきまとう。
結局、職人にも芸術家にも同じ悩みがあるといえる。

まさにこれらの不安やジレンマは、自我によるものである。
そもそも、インスピレーションや改良のアイディアは、本人の脳の中で生まれるものではなく、さとりでいわれる「空」「虚空」、非二元でいわれる「プレゼンス」「純粋意識」「空」から届く「恩寵」である。

不安やジレンマが自我を生み、インスピレーションやアイディアを阻害する。
覚醒状態、あるいはさとりの境地に至っていれば、不安やジレンマに惑わされることはない。

この例えでいいたいのは、さとりや非二元で人生を生きるということは、かんたんには人の理解を得られない場面もある。お金への執着のなさや、無欲さなどについて、変に思われる。
それこそ「閑雲野鶴(かんうんやかく)」、恐れず我が道をゆけるのである。

そこに、恩を優先するか、マナーを優先するか、自分を犠牲にするかの迷いは、露ほどもない。

雲煙過眼=超リラックス

さとりや非二元で自我にとらわれないようになると、苦しみから解放されるという。
実際、悩まなくなるし迷わなくなる。
覚醒前や覚醒後、さとる直前は自我が騒ぐが、さとりに近づくに従って穏やかになっていく。

むしろ、覚醒前や覚醒後のほうが自我が強く現れ、さとりや非二元を学ぶ前のほうが楽だったという気持ちにさえなってしまう。

しかし、そのつらさを乗り越えてでも、さとってよかったという境地に必ず至る。
それがどれだけのものかは想像しにくいだろう。

仏陀は涅槃寂静といった。悩みも苦痛も恐怖さえもなくなってしまう。
四字熟語でいえば「雲煙過眼(うんえんかがん)」であろうか。

日常的な人の性格の表現でいうと「ものごとにとらわれず、あっさりとしていること」とでもなろう。
やさしいおじいさんやおばあさんが、幼い孫を見ているかのような境地である。
本人は無茶をしないし、孫のいたずらにも腹が立たない。

このさとり、非二元の境地は、受け止めるやさしさではなく、心配や不安、恐怖がない心地よさである。

私はセッションなどではこれを「超リラックス」とたとえている。

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