Non-Duality Speaker , Early Buddhist Philosophy Teacher

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「方」の「かた」か「ほう」か問題

2019年2月16日付けの記事「漢字を開く」で、私は単純に「ほう」はひらがな、「かた」は漢字で使い分けをすると紹介したが、業界で使われている辞典で調べてみると、そんな単純なものではなかった。

あらかじめ、ネットではどのように解説されているか調べてみると、やはり私と同じように自説を述べるか、各自の自由にするか、ケースバイケースかといったように、統一された見解はないようだ。

せっかくなので、業界で使われている辞典でどのように解説されているかを紹介したい。

  • 「考え方」「見方」「食べ方」など、方法については漢字になる。例外として「しかた」はひらがな。
  • 「○○様方」と宛名で書くときは漢字になる。
  • 「方がつく」は漢字になる。「片をつける」は別の漢字。
  • 「あのかた」「あちらのかた」「先生がた」などはひらがな。
  • 「南の方から」のように方角を示す場合は漢字になる。
  • 「大きいほう」「そのほうがいい」などのような選択肢はひらがなになる。

言葉では説明しづらいが、方法を意味するときは「方」、人を意味するときは「かた」、方角を意味するときは「方」、選択肢を意味するときは「ほう」と覚えればいいだろう。

このように明確なルールがあるようだが、一見しただけではわかりづらいためか、この使い分けはあまり普及していないようだ。

編集に携わって気づいた誤用

私なりに、だいたいは教養があると思っていたが、日常会話であまり使わない文章語を少し知っているだけのことであり、実際に世間一般で多くある誤用については、私自身も同様であることが多い。

そのため、出版の編集に際しては、一応、少しでも未確認の可能性があるものは、いちいち出版用の辞典で調べる。

少々の発見はあるものの、大概は「漢字を開く」か「漢字を閉じる」かの参考程度で済む。

ごくまれに、意味がまったく違うものや、そもそもその表現自体が誤用というものに出くわすので、さすがにそのときは我ながらびっくりする。

恥ずかしいやら、意外やらで、同じ過ちは犯さないよう、できる限り覚えるようにしている。

今日は、そのさまざまなケースをご紹介したいと思う。

まず、今年に入って驚いたのは「折りが合わない」である。これは誤用だという。正しくは「反りが合わない」であり、「折り合いをつける」からきた誤用らしい。

そして昨日、気づいたのは「極め付け」である。これも誤用だそうだ。正しくは「極め付き」とのこと。

誤用ではないが、最近、驚いた表記としては「風邪を引く」がある。「車に轢かれる」のように特別な字があるかと思いがちだが、風邪は引き入れるものという考え方が日本にあるらしく、「引く」をそのまま使っていいらしい。

そのほか、「瞬く」の読みも驚いた。「またたく」「まばたく」「しばたく」「しばたたく」のいずれかの読みらしいが、目は「まばたく」、星は「またたく」と使い分けるのが一般的だと思う。ところが、日本語の歴史では、古来「またたく」といわれていたもので、本来は目も星も「またたく」らしい。よく考えてみれば、「ま」は「目」の意味である。「目の当たりにする」の「目」は「ま」と読む。「たたく」は文字どおり「叩く」の意味だろう。「目叩く」=「またたく」=「瞬く」と解釈すれば違和感がないといえる。

では「まばたく」はというと、「ま」と「はたく」の組み合わせなら、やはり「はたく」も「叩く(はたく)」の意味になる。ここまでくると「はたく」の由来にまで及ぶ分析になってしまう。

どちらにしても「叩く(たたく)」か「叩く(はたく)」かの違いであり、意味に大差はない。現代人がかってに、目は「まばたく」、星は「またたく」に使い分けているだけのようだ。

また新たな発見があれば、記事に書こうと思う。

「漢字を開く」

笑える~こわい話 第5巻:傷だらけの竜』の編集が終わり、出版のための手続き中である。
筆者である巻山紗依のお父様が他界された際の、天国のようすが垣間見え、非常に興味深い内容となっている。
今はすでに第6巻の編集中。

人生のなかで、これほど文章にかかわった経験はない。やはり、出版における常識というものを勉強しなければならない。
読者のなかには「なぜこんなかんたんな漢字がひらがななのだろう?」といった疑問をもたれた方は多いかもしれない。
実際、身の周りの小説や雑誌をよく見てみると、漢字は思いのほか少ない。私が今、書いているこの記事にもひらがなを多用している。これはなにも「漢字を知らない」からではないし、「読者は読めないだろう」とバカにしているわけでもない。
どうやら、そういうもののようである。
だからといって、暗黙のルールというものがあるので、むやみやたらにひらがなにしていいというわけでもない。この点がやっかいだ。
そのサジ加減はやはり「やさしさ」の言葉に尽きる。いかに読みやすくするかが重要となる。とはいえ表現上、漢字にしたいところはあえて漢字にしておく。
それでも決定的な、無視できないルールもある。少しだけ列記しよう。

  • 「そういうものだ」というときの「いう」は「声に出して言う」なら「言う」になるが、ちがうのであれば「いう」となる。
  • 「連れていく」というときの「いく」は「行く」意味をもっている場合は「行く」とし、「連れられて時間が経過する」意味合いが強い場合は「いく」となる。

このように、実際の行動を示しているなら漢字となり、実際の行動がともなわない表現はひらがなとなる。「とき」「時」もそうだし、「もつ」「持つ」もそうだ。

  • 「気遣い」は名詞なので「遣う」のほうの漢字を使うが、「気を使う」のように動詞となると「使う」のほうの漢字を使う。

名詞か動詞かによっても変わるのだ。

  • 「あちらの方へ」としたとき「ほう」と読むのか、「かた」と読むのかわからなくなる。その場合、「ほう」の場合はひらがな、「かた」の場合は漢字で書くといった使い分けもある。

もし、あなたも小説やノンフィクションを書きたいと思われたなら、このあたりを注意して読んでいただくと非常に勉強になると思う。

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