Non-Duality Speaker , Early Buddhist Philosophy Teacher

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「Yahoo!知恵袋」で見かけた文章の疑問

校正において基本中の基本だが、「Yahoo!知恵袋」で解決されていなかったので、あまりにも簡単すぎる問いに、ちょっと解説してみようと思った。

「一言言う」など同じ漢字を続けて書くと、何だか落ち着きません。みなさ… – Yahoo!知恵袋

この質問で、漢字をどう開いたら読みやすいかが質問されている。
「一言言う」「日にち」「3歩歩く」などが挙げられていた。

もちろん、新聞や雑誌、メディアなどでこんなミスをしていたら、プロ失格レベルである。
そのため、誰も答えてくれていないのかもしれない。

「一言言う」は、「ひとこと言う」でも「一言いう」でも誤りである。なぜなら「一言」の意味のなかに「言う」が含まれているからである。いうなれば「一言言う」とは「頭痛が痛い」といっているのと同じ誤りになるのだ。同じ解釈で「3歩歩く」も誤りになる。
「一言」は「○○から一言」とか「一言でまとめる」「一言で表現する」など、「言う」以外の表現と組み合わせる。
「3歩」も「3歩進む」とか「あと3歩だ」など、「歩く」ことを前提に文章を組み立てる。

「日にち」は確かに漢字で書くと「日日」となるが「日々」との区別がつかないため、校正では「日にち」と書くのが慣例となっている。

さて、先ほどの「一言言う」や「3歩歩く」のように、「頭痛が痛い」の表現と同じ誤った表現の文章は校正においてご法度となるので、「朝食を食べる」や「眺めを見る」など考えればキリがないが、口語では気づかないうちに誤った表現で身についていることが多い。文章ではここにプロと素人の差が出るらしい。ほかにも、「満天の星空」や「いちばん最初」などが多い誤用だろうか。

このような視点からも含めて文学作品を味わうと、作家をいっそうリスペクトできるかもしれない。

編集に携わって気づいた誤用

私なりに、だいたいは教養があると思っていたが、日常会話であまり使わない文章語を少し知っているだけのことであり、実際に世間一般で多くある誤用については、私自身も同様であることが多い。

そのため、出版の編集に際しては、一応、少しでも未確認の可能性があるものは、いちいち出版用の辞典で調べる。

少々の発見はあるものの、大概は「漢字を開く」か「漢字を閉じる」かの参考程度で済む。

ごくまれに、意味がまったく違うものや、そもそもその表現自体が誤用というものに出くわすので、さすがにそのときは我ながらびっくりする。

恥ずかしいやら、意外やらで、同じ過ちは犯さないよう、できる限り覚えるようにしている。

今日は、そのさまざまなケースをご紹介したいと思う。

まず、今年に入って驚いたのは「折りが合わない」である。これは誤用だという。正しくは「反りが合わない」であり、「折り合いをつける」からきた誤用らしい。

そして昨日、気づいたのは「極め付け」である。これも誤用だそうだ。正しくは「極め付き」とのこと。

誤用ではないが、最近、驚いた表記としては「風邪を引く」がある。「車に轢かれる」のように特別な字があるかと思いがちだが、風邪は引き入れるものという考え方が日本にあるらしく、「引く」をそのまま使っていいらしい。

そのほか、「瞬く」の読みも驚いた。「またたく」「まばたく」「しばたく」「しばたたく」のいずれかの読みらしいが、目は「まばたく」、星は「またたく」と使い分けるのが一般的だと思う。ところが、日本語の歴史では、古来「またたく」といわれていたもので、本来は目も星も「またたく」らしい。よく考えてみれば、「ま」は「目」の意味である。「目の当たりにする」の「目」は「ま」と読む。「たたく」は文字どおり「叩く」の意味だろう。「目叩く」=「またたく」=「瞬く」と解釈すれば違和感がないといえる。

では「まばたく」はというと、「ま」と「はたく」の組み合わせなら、やはり「はたく」も「叩く(はたく)」の意味になる。ここまでくると「はたく」の由来にまで及ぶ分析になってしまう。

どちらにしても「叩く(たたく)」か「叩く(はたく)」かの違いであり、意味に大差はない。現代人がかってに、目は「まばたく」、星は「またたく」に使い分けているだけのようだ。

また新たな発見があれば、記事に書こうと思う。

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